傷痕文学
傷痕文学は「新時期」に現れた文学潮流で、多くは文化大革命という時代を内容として、「知青」(文革時に農村へ下放された知識青年)、知識人、官吏、都市と農村の普通の民衆たちが文学革命時代で受けた悲惨な境遇を描きました。真実、素朴、粗野な形式で文革が人々に与えた傷跡を描きだしました。代表作品には劉心武『班主任(担任教師)』、从維熙『大墻下的紅玉蘭』、遇羅錦『ある冬の童話』、魯彦周『天云山伝説』、周克芹『許茂と彼の娘たち』などがあります。
「傷痕文学」という言葉は、1978年8月に盧新華が発表した短篇小説「傷痕」に遡ります。後に、北京『文芸報』座談会で『班主任』『傷痕』が討論され、ここから、「傷痕文学」という言葉が広まりました。1960年代末の知識青年の下放が「傷痕文学」の生まれた直接の原因で、文革の霊魂に与えた損傷がこの文学の噴出の根源となっています。「新時期」に人民は政治上で解放を獲得しましたが、「プロレタリアート専制恒久革命」という間違った理論がまだ盛んであった為、文学理論と創造はひどく束縛されていました。後に「真理と標準」の大討論と党の十一回三中全会の開催で文学はやっと広い大道で歩き始めることができました。
傷痕文学は中国当代文学史ではじめての悲劇ブームと言えます。思想的には、文化大革命を徹底的に否定することで歴史に貢献しました。芸術面では、初めて当代文学に悲劇意識を持ちこみましたが、この意識は新時期文学の「原色」の一つで、全時期を通しての寂寞とした格調はここから産みだされました。
傷痕文学の限界としては、以下の点が指摘されています。
- 文革に対する否定が深刻ではなく、政治、社会、人間関係の角度だけから混乱が産まれた原因を調べ、伝統的な文学心理、封建意識の分析が欠落しいる(社会的観点)。
- 幼稚な表現手法が多く見られ、多くの小説はあきらかに文革左派文学表現の痕跡を引きずっている(たとえば、「クラス担任」で教師・張俊石の形容「永遠にさびが出ない種まき機のように、学生たちの心に革命の思想と知識の種を撒き続ける」など。(芸術表現)。
- 作家達の現実問題への責任感を強くあり、ストーリーのなかに自己の観点を出し、感情表現が浅薄になりがちである。
- 「前途が明るい」という予言、或いはハッピーエンドを加えて悲劇効果を薄めるなど、形式化したハッピーエンドが作品の深刻性に影響を与え、「傷痕文学」で持ち込まれた悲劇意識は表面的にしている。
2010.4.28